住み始めた瞬間から価値が下がる日本の家と、長く住むことでどんどん味が出てくるイギリスの家。
1985年に誕生した100円均一ショップが今では全国で約6,000店舗も存在し、全国展開しているあるコンビニチェーン店と概ね同じ店舗数となっているほどに、安いものが手軽に手に入る日本では、売る側も買う側も、ものを長く使い続けることを前提としておらず、断捨離や片付けについての本がミリオンセラーとなるほどに「捨てる」という意識が美徳とされています。
島国で国土面積が似たような広さであるために、しばしばイギリスは日本と比較されることがありますが、捨てることを前提に考えないイギリス人は、洋服のボタンなどの小さなものから家具や車などの大きなものまで、できるだけ大切に生かすという目的に対象外はなく、全てのものを大切にしているのです。(1)
↑同じ島国でも全く異なった価値観を持つ日本とイギリス (リンク)
例えば、イギリスの「フロム・サムウェア」というファンションブランドは、高級ブランド品に使われるはずだったキズものの生地を仕入れ、その生地で作った洋服を販売していて、デザインがユニークという点だけではなく、ものを大切に使うというコンセプトが支持されていることから、イギリスの富裕層に人気になっています。
工夫を凝らし使い続けるものの中には、家という大きなものまでもが含まれており、イギリスでは、家はできるだけ長く住むものというのが常識とされていて、新しく家を建てるには多くの許可や手続きが必要になるため、大抵の人が中古住宅を購入するそうで、中でも築60年以上の家が一番人気だそうです。
↑古ければ古いほど価値が上がるイギリスの質素な文化 (リンク)
モノである限り、どんなに大切に使っても必ず傷み壊れる時期はやってきますが、自分たちで修理に修理を重ね、何世代にもわたって住み続けられているイギリスの家は築100年のものも多く見られ、日本で言えば大正時代から続く家ということになります。
対照的に日本では、常に建設中の工事現場を見かけるように、修理をするなどの手間をかけるよりも、壊して建て直すほうが手軽なものとなっていて、家さえも捨てて買い換えるという文化が根付いてしまっているのです。
↑日本では家を建てた瞬間から価値が下がり始めるが、イギリス人の考え方は全く逆。(リンク)
こういった「買い替え」が始まったのは、地方から都会へ流れる人の増加にともない、都会では住宅の需要が著しく上昇し、建設がどんどん進められていった高度経済成長期までさかのぼります。
当時、住宅が大量に建築されていくことはGDP拡大にも貢献したため、より多くの建設を進めようと、住宅は「質より量」が重視されていき、それはいつしか「家は30年で建て替えるもの」という考えを日本社会に拡散させ、日本の家に“寿命”を与えてしまう結果となったのです。
↑隣りの家を見ても、前の家を見ても同じような家ばかり
質が重視されない住宅は、竣工から10年でメンテナンスが必要となることを前提に建てられ、消費者はまるでそれが常識とばかりに、すぐに劣化がくる家を購入しています。海外では日本の家のサイズが海外と比べて小さいため、よく「ウザギ小屋」と呼ばれていますが、もしかすると、家の小ささばかりに対してだけではなく、大量生産するために似たようなデザインの家になってしまい、個性がなく味気のない家という意味も含まれているのかもしれません。(2)
日本のように家に寿命を持たないイギリスでは、これから何十年も住む家をどのように生かしていくかということに妥協は許されないと言います。
新築を建てることが一般的ではないイギリスでは、立ち並ぶ家はどれも築年数が経っており、それが街全体の古く趣のある景観に繋がっているため、どんなに家のデザインが凝っていても、近所に建ち並ぶ家の外壁や屋根の色、街並みと調和がとれていなければ、イギリス人にとってその家は生かされておらず、魅力がないとされるのです。
↑自分の家だけではなく、街全体の雰囲気も考慮し住居をデザインしていく
家の外壁を塗り替えるにしても、街の統一感を崩さぬよう意識しているからこそ、イギリスにはあのような独特の趣ある景観が存在しているのでしょう。日本のように、自分の家が綺麗であれば良いという考えが目立ち、近隣や街並みとの調和を考えない家づくりをしていたならば、イギリスの風景はもっと近代的でつまらないものになっていたかもしれません。
建築好きとして知られているチャールズ皇太子はイギリスの景観は世界で一番美しいと考えており、その理由を次のように語っています。(3)
「イギリスの建物は、木や草花と同じ、土地から生え育ち、その土地の風景に溶け込んでいる。だから世界中の人たちがイギリスを訪れ、そのあり方を見て感嘆するのです。イギリスの建物はNatural growth―あるがままに育っているからです。」
↑次の世代に生きる人たちのために、少し家に付加価値を付け加えて引き継ぐ
家には寿命があると考えられている日本では築年数の浅い家が好まれ、また、最新のものが大好きな日本人は利便性に富んだ新しい技術、例えば最新のシステムキッチンや掃除が楽なバスルームなどを取り入れようとしますが、イギリス人は家を購入する際、利便性よりその家の個性を追及するそうです。
家のデザインや部屋数、周辺の景色も個性とされるほか、築100年の家が珍しくないイギリスでは、その家の歴史までもが個性と考えられ、購入するか否かの重要な判断ポイントになるそうで、イギリスの建築家の男性は次のように述べています。(4)
「だってイギリスの家は古いだろ。築100年以上の家だったら、少なくともそこに三世代の人間が誕生したり、死んでいったりしているわけだよ。そうすると、必然的に住んでいた人々の個性もしみついていく。イギリスの家の魅力はそこなんだよ。」
↑この一つの家からどれだけのドラマが生まれるか
イギリスでは室内ドアなど5年に1回ペンキの塗り替えをするそうですが、過去幾度となく塗り替えを繰り返されてきた室内ドアはペンキの厚い層で表面に亀裂が入るのではないかとされるほどで、そのドアを見る度に、家の歴史を感じるのだと言います。
このように、以前住んでいた人々の生活を感じつつ、自分が住み始めることで、その家の歴史を受け継いでいくわけですから、彼らにとって家はただ住むだけの場所ではなく、自分も歴史の一部になるという重要な役割を担う場所なのであり、イギリス人が家選びに慎重になるのもうなずけます。
↑前に住んだ人の温もりが本当の付加価値になっていく
建築史の研究者で、東京駅丸の内駅舎の復元プロジェクトにも関わった鈴木博之氏は、それぞれの土地に、姿形なく漂う精霊のような存在である「地霊」から歴史が読み解けるとしていました。
地霊とはつまり、土地から連想できるものや感じられるものであり、土地の歴史をより詳しく知るためには形状などの物理的な面以外の、特に理由もなくその土地から感じる雰囲気のようなものも重要な手がかりであるとしていたそうです。
実は、この「地霊」という概念は18世紀のイギリスで誕生し、イギリス人はずっと昔から、土地などの自然に対して目に見えない特別な力を感じながら暮らしていて、現代でも、家に関しては過去に住んでいた人々の思い、そして何世代にもわたって住まわれてきた歴史を大切にしており、今もなお「地霊」に似た考え方を継続して持ち、目に見えないものを重んじる姿勢は変わっていません。
↑家には前に住んでいた人の「地霊」が必ず残る
日本にも「人傑地霊(すぐれた能力がある人物は、素晴らしい土地によって育まれる)」という言葉があるように、古来から精神性を意識する伝統があり、例えば、寺院や神社が建てられた時期を、建て直した時期より最初に建てられた時期を強調して記しており、これがまさに、日本人が古来から伝わる文化や伝統などの精神的な面を大切にしていることの証明になっているのではないでしょうか。(5)
世界へ“しあわせ”を探しに行くというユニークな旅に出たアメリカ人のジャーナリスト、エリック・ワイナー氏は、日本で寺院を訪れた際に経験した違和感を、著書「世界しあわせ紀行」で紹介しています。
寺院の案内板には、西暦700年代に建てられたことが記されており、1000年以上経っているにも関わらず木造部には欠けた箇所もなく、かつて、これほど丁寧に維持された古い建物を見たことがなかったワイナー氏はひどく感動したそうですが、案内板には小さく目立たない文字で「1971年、再建」とも書かれており、まるで建築時期を偽装しているように思えたそうです。
日本では、寺院や神社は物質的な「建物」としてではなく精神的な「心のよりどころ」として考えられていて、物質的に幾度となく建て直されたとしても精神的な側面では何の変化もないため、最初に建てられたものと同じように見なしています。このような日本独特の考え方が外国の人に違和感を与えてしまうのかもしれません。(6)
↑日本人にとって寺院や神社は物質的な「建物」ではなく、精神的な「心のよりどころ」
聖徳太子が建立し、現存する日本最古の木造建築として知られる法隆寺は、柱の傷んだ根元を切り取って新しい木に替えたり、隙間を埋めて繕いながら今まで受け継がれてきており、官長を務める大野玄妙氏によると、こういった修繕によって次世代へと受け継ぐという精神性こそが大切なことなのだと言います。
「飛鳥から現代まで、 柱一本一本に各時代の人々の技、気持ちが染み込んでいる。木を切るのは殺生ですが、千年を生きた木の命を頂いたことに感謝し、愛着を持って守り継いでいくことで、私たちは木に、次の千年の命を与えることができるのです。」
↑木の柱一本一本には想像以上の深い意味がある。
いつの間にか日本では物を買うための経済力を得ようと、家族と過ごす時間やリラックスする時間を割いてまで働くことが一般的となってしまいましたが、そういった暮らしが精神的な豊かさを削ってしまうことになるのではないでしょうか。
真新しいものに囲まれるよりも、ずっと昔から続く家に住み、先人の残したキズやドアに重ねて塗られたペンキなどの足跡を感じながら暮らすことが、精神性を高めるのかもしれず、20年近く東京で生活をしているイギリス人の男性は、東京では目に見えないスピードで背中を押され、落ち着けることがなくなり、イギリスに帰国すると一瞬にして妙な緊張感が解かれるのだと、次のように述べています。(7)
「そこで次第に我に返っていくわけだよ。たとえば、『あんなに家族との時間を削ってまで働く必要はなかったな』とか、『毎日の生活が送れるだけの収入があればそれでいいんだ』とかね。日本で僕は何かにとりつかれていて、イギリスに帰るとその魔法が解けていく気がするんだ。」
お金や物で幸せを手に入れようとすると何かを犠牲にしなければならず、本当の幸せで豊かな人生とは物質的なものに頼らなくても手に入るものなのです。
アメリカ人ジャーナリスト、エリック・ワイナー氏が、「豊かで幸せな人生に大切な要素は、個人を超越した大きな何かとつながっている」と述べているように、何世代も続いてきた家に住み、自分も歴史の一部になって過去と繋がっていると感じることが、イギリス人にとって豊かで幸せな人生を送るための要素になっているのではないでしょうか。(8)
そして、自分が過去と繋がることで、これから先も後世の人と繋がっていけることを期待し、無限に続く歴史の一員であることに幸せを感じているのかもしれません。豊かな人生や幸せな暮らしとは、目に見えるものや触れられるものを手に入れた時ではなく、精神的に満たされた時に得られるものなのです。
- 参考資料
- (1)井形 慶子 「イギリス式シンプルライフ」 (2011年、宝島社) P29
- (2)澤田 升男 「ハウスメーカーと官僚がダメにした日本の住宅」 (2009年、ザ メディアジョン) P38
- (3)井形 慶子 「古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家」 (2000年、大和書房) P20
- (4)井形 慶子 「古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家」 (2000年、大和書房) P34
- (5)鈴木 博之 「東京の地霊」 (1990年、文藝春秋) P3
- (6)エリック・ワイナー 「世界しあわせ紀行」 (2016年、早川書房) Kindle 2319
- (7)井形 慶子 「古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家」 (2000年、大和書房) P229
- (8)エリック・ワイナー 「世界しあわせ紀行」 (2016年、早川書房) Kindle 7185