同じように未熟な人間が作った普通という世間体に振り回され、自分の人生を歩めないのはもったいない
日本では新卒至上主義と言われるほど、新卒と呼ばれる大学を卒業する22歳の時点で大企業に就職できるかどうかで、人生のすべてが決まるということが信じられています。また、大学生・大学院生のうち約半分が安定した生活や給料を手に入れることができる公務員になりたいと考えていていて、希望している学生の約7割が親や周囲の大人に勧められたといいます。
そういった若者が新卒としての就職に失敗すると、安定した職に就き、結婚し、子供が生まれ、幸せな家庭を築くといった一般的に「普通」といわれる生活を手に入れることができないと考え、これから先の生活に希望が見いだせず、自ら命を絶ってしまう人も少なくありません。
2015年の20歳未満から30代の日本における自殺者は約6,000人と、1990年の約1.25倍だったというのには、そういった背景があるという見方もあります。
↑社会経験のない若者にとってレールから外れてしまったときの絶望は計り知れない
このような状況について、心理学者の河合隼雄氏は、一流の大学を出て、一流企業に勤めることが幸せにつながるということではなく、むしろ不幸になる人もいるということにようやく気が付きはじめたと述べていて、日本のサラリーマンたちは自分自身の思いを無視し、世間の言う普通の人生を求めたり、過ごすことの不自然さを実感し始めているといいます。(1)
確かに、何らかの障害や特別な性質をもった、例えば、身体に障害を持って生まれた人や発達障害を持つ人たちが、サラリーマンになることは難しいから、普通の生活を手に入れることができないかというとそうではなく、むしろ彼らのほうが、自分自身に素直になり、幸せな人生を歩んでいるといっても過言ではありません。
↑世間的に普通な生活を手に入れるためには、我慢をし続けなければならない
俳優やモデルとして活動をしている栗原類氏は生まれつき発達障害を持って生まれてきました。
そのため、会社員のように与えられたルールの中で業務を期待されたとおりにこなしていったり、組織の中で人間関係をうまく構築していくことができないと自覚している栗原氏は、芸能界で俳優やモデルとしての仕事でなければ、衣食住が充実した、満足のいく生活はできないと言い切っています。
そして、自分自身の中にある純粋に楽しいと思えるという感覚を大切にし、人の表情を読むことや自分自身の感情を出すことの得意ではないということを克服するために、人の表情を一つ一つ読み取る練習をしたりと、自らできることを着々と続けているようです。
↑たとえ、やりたい道で食べていけなくても生活するためにお金を稼ぐ方法はいくらでもある
健常者は自力でなんでもできると思われがちのため、他人から関心を向けてもらえなかったり、かまってもらえないということがあるのに対して、彼のように発達障害を抱えている人は、自分の得意不得意だけではなく、やりたいことやりたくないことがはっきりしていますし、彼らの特性をどのように活かしたらよいか考えてくれる人たちの存在にも恵まれているのかもしれません。
栗原氏の主治医である高橋猛氏は、仕事で成功することだけではなく、自分の時間をしっかり持てること、ひとつのものをコツコツと作り上げることに幸せを感じる人もいて、何が自分の子どもにとって幸せなのか、まずは親が幸せの価値観を柔軟にしていくことが大切だと述べています。(2)
実際に、栗原氏の母親はどのように育てたり、教育をしていけば、自分の子供が彼にとっての幸せな人生を歩んでいけるのか次のように考えていたそうです。(3)(4)
「大金を手に入れるために仕事に就くのではなく、自分がやりたいことで自活していくにはという目標を持って、努力していけばいい。」
↑幸せの価値観を考えることは、健常者かどうかは関係ない
重度の自閉症であり、独特な感性を活かして詩人や作家として活動する東田直樹氏は、かつて、他の誰になりたがっていただけではなく、自分が悪い人間だとも思っていたようです。
しかし、自閉症を持たずに生まれてきて、誰かと会話しコミュニケーションをとっている自分を想像してみたところ、自閉症でない自分も悲しんだり悔やんだりする姿が想像できてしまったと言い、次のように述べています。(5)
「それが叶わない夢だと知ってからは、自分の生きる道を真剣に模索し始めました。どんな自分も自分なのです。それはどうしようもないことですが、現実世界だからこそ、叶えられる夢もあります。」
↑自分の現実を否定し、悩んだところでどんな自分も自分
世界の人口の5分の1はHSPという、「とても敏感な人」だと言われています。人付き合いの得意な外向的な人が成功しやすいといわれる今の社会では、このHSPの人の持つ、深く物事を考える傾向があるという長所を見落とされがちです。(6)
しかし、自分を外交的に見せようとするのではなく、HSPであると自覚することによって、エネルギッシュでタフな人達のように、人脈を広げるため、知らない人に会うといった無理をする必要がなくなり、どのようにしたら自分が楽に過ごせるかという観点で物事を見ることができます。
例えば、会社で戦略会議が行われた場合、タフな人は数字や与えられた資料だけをみてすぐ決断して物事を進めていきますが、HSPの人は、会議の後に一晩時間をとり、数値や競合他社だけではなく、知りうる情報をすべて混ぜて深く考えることで、他の人が思いつかないような独創的な解決案や企画を生み出しやすくなります。
このことはHSPでない人であっても同じで、世間のいう「普通」に振り回され、自分以外の誰かになろうとせず、自分自身を理解したうえで、自分が本当にこうありたいという思いに素直になり、行動していくことで周囲も自然と受け入れてくれるのではないでしょうか。
↑自分の特性を理解していくことで、「普通」に振り回されない
自分自身の本当の思いを無視し続け、親の言われる通り一流の人生を送るために受験勉強を続け、そのストレスが原因で統合失調症を発症したお笑い芸人のハウス加賀谷氏は、幻聴や幻覚、自分が臭いと思い込む自己臭恐怖症といった症状の悪化で普段の生活を送ることができなくなっていました。
そんな中、一念発起してお笑い芸人になり、自分の持病をネタにして、観客に笑ってもらい、面白いと認めてくれる人が増えましたが、症状が悪化してしまいには続けられなくなり、入院や自宅待機をしていたそうです。しかし、症状が重い時でも、いつでも復帰できるように思いつくことはやっていたようで、どんな自分でも自分でしかないと自分自身の持病を受け入れた上で次のようなことを述べています。(7)
「人生は謳歌すべきだとぼくは思う。自分がやりたいようにトライしてみる。失敗は当たり前だし、くよくよもするが、諦めたらそこですべてが終わってしまう。怖くてなかなか踏ん切りがつかないけど、できることはできる範囲でやっておこう。」
とにかく、自分が純粋な気持ちでやりたいようにトライしてみる
発達障害の栗原氏の友人でお笑い芸人である又吉直樹氏は次のように述べています。(8)
「みんながみんな完璧にこなす必要はなく、それぞれのできることを全力でやってりゃ、おもしろくなるんじゃないかって思ってる。」
昔の世代が作ってきた一般的に「普通」な人生を求めたり、一流になろうと努力することが本当に心の底から望んでいるものであれば、到達したときの喜びは計り知れないですが、それがもし世間体や周りの評価を気にしたものであれば、人生は辛く悲しいものになることは避けられません。
何が自分にとってやりたいことなのか、また、どんなことが得意で不得意なのかをはっきりさせることで、世間の作った普通の人生よりも、自分が幸せだと思う人生を歩むために努力をしていく方がよいのではないでしょうか。
- 参考資料
- (1)河合隼雄 「河合隼雄の幸福論」 (PHP研究所, 2014年) kindle 844
- (2)栗原類 「発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由」 (KADOKAWA, 2016年) kindle 2974
- (3)栗原類 「発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由」 (KADOKAWA, 2016年) kindle 2225
- (4)栗原類 「発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由」 (KADOKAWA, 2016年) kindle 2634
- (5)東田直樹, 「跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること」 (イースト・プレス, 2014年) kindle 779
- (6)イルセ・サン 「鈍感な世界に生きる 敏感な人たち」 (ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2016年) kindle 141
- (7)ハウス加賀谷 「統合失調症がやってきた」 (イースト・プレス, 2013年) kindle 779
- (8)栗原類 「発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由」 (KADOKAWA, 2016年) kindle 2851