岡本太郎「建築はそこに人間が生きている場所。夢や戦い、そして悲劇などのドラマをすべて包みこんだものでなければならない。」
一人ひとりのライフスタイルを形作る『家』。近年、人々の価値観が多様に表れていく中で、住空間のあり方にも変化が求められています。大きな変化の時を迎えつつある空間づくりの”いま”を紐解きます。
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近年、広がりをみせる”リノベーション”
ソーシャル・メディアサイトのリンクトインの報告によれば、2011年末までに、リンクトインの利用者が自分自身を表現するのに最も頻繁に使用した単語は、なんと「クリエイティブ」という言葉だったそうですが、自分の外見や所有するモノだけではなく、自分の住んでいる場所やコミュニティ、そしてライフスタイルまでもを、どうクリエイティブに表現していくかが、その人の幸福度を大きく変化させていきます。(1)
戦後、裕福になった日本は毎日違うものを食べ、毎日違ったものを着て生活していますが、住居だけは以前とそれほどレベルが上がっておらず、現在の日本の住居は、日本が急成長を遂げた高度成長期に、家も電気製品や車などと同様に古くなったら建て替えればいいという考え方で作られ、経済成長のため地方から都市に押し寄せた人達に住居を供給するために、大量の住宅供給がスタートしたことが始まりでした。(2)
↑どこも同じような住居作りは、高度成長期の頃から変わっていない
現在の日本の社会制度は、「自分のほしい暮らし」が実現しやすいようになっていませんが、開拓時代からクリエイティビティの精神が受け継がれているアメリカでは、スポーツ好きであれば、部屋をスポーツ鑑賞用の部屋に、お酒好きであれば、部屋にバー・カウンターを作るなど、自分の趣味やライフスタイルに合わせて家を作り変えるのは当たり前であり、中には毎回ジムに行くのが面倒くさいという理由で、部屋の中にロッククライミングの壁を作ったという人達も、アメリカには普通にいるようです。
近年、日本で広まってきている「リノベーション」とは、住居の中を新築に近い状態に戻す「リフォーム」とは大きく違い、自分の手と頭を使って、自分の暮らしや街を変えていくことであり、具体的には、建物の「使われ方(用途)」や「使う人(入居者)」を変えることによって、住居という空間に新しい価値を生み出すことを指します。(3)
↑現在の日本は「自分のほしい暮らし」が手に入る制度が整っていない
最近ではクリエイティブなビジネスの現場でも、リノベーションと同じように、「ちょっと発想を変えて、価値を生み出す」という意味で、「デザイン思考」という言葉が使われますが、これは何か固まった形式にそって、物事を考えていくのではなく(MBA思考や様々なビジネス理論など)、デザイナーが紙に絵を描くようにフレームをすべて取り払って考える概念の一つで、デザイン思考の発案者であり、デザイン会社IDEOの創立者でもあるティム・ブラウンは次のように述べています。(4)
「私は、ハーパー・ビジネスの優秀な編集者、ベン・レーネンから、目次がないと正式な本にはならないというアドバイスを受け、なんとかその言葉に従った。しかし、正直なところ、私の見方は少し異なる。デザイン思考の肝は、さまざまな可能性を探ることだ。そこで、私は冒頭で、本書の内容を視可化する別の方法を読者のみなさんに紹介しようと考えた。(中略) それが長く豊かな歴史を持つ“マインドマップ”だ。」
↑住まいも同じ、本に目次が必要無いように◯LDKという概念を捨てる
こういった意味で、建築家や住まいの空間をデザインする人達も「モノをデザイン」すると言うよりは、関係性のデザイン、プロセスのデザイン、そして出来事のデザインといった「コトをデザイン」することが仕事の中心になっていき、らいおん建築事務所の嶋田洋平さんは、「建物半分、できごと半分。建築家は、その“建築家”という職能そのものをリノベーションしなければならない」と述べています。(5)
つまり、物理的な空間をデザインするだけではなく、コミュニティもデザインしていくということですが、「次のiPhoneやAirbnbを作ってくれ!」という人達がいる中で、「それなら次のスティーブ・ジョブズを用意してくれ!」という人達も数多くいることから、空間のデザインにおいても、部屋、コミュニティ、そして街と「コトのデザイン」できる人達が設計者とは別で必要とされているのは間違いありません。
↑リノベーション「部屋、コミュニティ、そして街のコトのデザイン」
『物語』を込めて、ものづくりをするということ
建築家の中村好文さんは家を作る時、必ず物語を詰めることを大切にしているそうで、多くの人は自分が住みたいと思う部屋や家に対して漠然としたイメージしか持っておらず、それをあたかも探偵のように、雑談の隅々から要望を探り出し、「空間」という具体的な形に落とし込んでいくのが自分の仕事だとして次のように述べています。(6)
「物語があること、そして物語を大切にすることが、僕は本当の豊かさだと思うんですよ。部屋がものすごく広いとか、大理石張りだとか、そういうことではなくて、 特別なストーリーを持っていることこそが財産という感じがするんです。それを僕は家に込めたいと思うし、住む方にもぜひ持ってほしいと思うんですね。」
また、かのスティーブ・ジョブズも物語の偉大さについて、次のように述べていました。
「これは(物語を作ることは)、私が身を置いていたテクノロジーの世界とは全く違う。マッキントッシュやアップル2はすぐ時代遅れになる。10年、15年もつプロダクトなど滅多にない。どんどんゴミの山となって積み重なっていくわけだ。だけど、素晴らしいストーリーは100年生きる。私たちがしなければならないことは、マイクロソフトなどと競争することではなく、人々に愛されるものを作ることなんだ。」
↑ただのモノや家はすぐに飽きられるが、吹きこまれた物語はずっと生き続ける
建築には人間のドラマが含まれている
1995年、年間160万戸といわれていた日本の新築住宅着工件数は、2015年の時点で半分の80万戸台に減っていますが、その一方で使われていない空き家は約820万戸と年々増え続けており、この市場をすべてリノベーション市場だと考えれば、市場規模は新築の10倍あることになります。(7)
社会学者のリチャード・フロリダは、21世紀に繁栄する都市とそうでない都市の決定的な違いは、「芸術家や変わり者など、どれだけクリエイティブな人をその街に集められるか」だと定義しており、このクリエイティブ・クラスと呼ばれる人達は、仕事や働く場所を選ぶ以上に、「住む場所」を重視する傾向にあるようです。(8)
↑クリエイティブ・クラスの人達は「住む場所」に徹底的こだわる
ストーリーがあってクリエイティブな住居というのは、個人にとってぴったり合った家でありながら、一方で50年、100年経っても価値が衰えない普遍的な家である必要があり、その空間の中で、日々創造性を発揮した仕事をすることで、人々の幸福度は上がっていくのでしょう。(9)
高度成長期に建てられた大量供給型の住居では、あまり刺激がなく創造性を最大限に発揮させるのが難しいのかもしれませんが、ウィンストン・セーラム州立大学のリッチ・ウォーカー教授が3万人のイベントの記憶と500個の日記を3ヶ月〜4年間、調査した内容によれば、毎日異なった体験や経験をしている人は、そうでない人に比べて、ポジティブな思考を保ちやすい傾向にあることが分かっており、ノースカロライナ大学グリーンズボロー校の調査でも、アートなどクリエイティブなことをすることで健康的になったり、幸福度が上がることが判明しています。
↑クリエイティブな空間に住み、クリエイティブな作業を行うことで、幸福度は自然とアップしていく
建築家、インテリアデザイナー、そして心理学者、神経科学者までもが、「空間」がパフォーマンスや意思決定に大きな影響を与えると述べており、フェイスブックやグーグルはオフィスの物理的な壁や敷居を取り払い、従業員同士が会話しやすい環境を作り出すことでコラボレーションを促進していることは有名な話ですし、靴のオンラインストアを運営するザッポスという企業では、数多くいる従業員が「偶然」顔を合わせる機会を増やすために、会社のメインのエントランスは1個しか設置していないそうです。
かつて岡本太郎は建築について次のように述べていました。(10)
「快適に暮らすための機能とやらをしきりに建築家は重要視するけど、そんなものはどうでもいいんだよ。雨なんか漏ったっていいじゃないか! なんで雨漏りがそんなに悪いんだい?」
「建築はそこに人間が生きている場だ。夢もあれば戦いもある、愛憎や悲劇もある、つまりドラマがそこにある。それらを全部包みこんだものでなければならない。」
↑岡本太郎「雨漏りなんかしたっていいじゃないか」
よく女性雑誌に出てくるような部屋の写真は、どの部屋も見事に片付いていて、本当にここで生活しているのかというくらい生活や人間の匂いがせず、家具などもすべてイギリス製などで統一されていて、まるで家具の展示室のようになってしまっています。(11)
この辺りに「リフォーム」と「リノベーション」の大きな違いがありますが、クリエイティブ・クラスと呼ばれる人達を集め、一つの空間を作って、頭脳と頭脳を衝突させ、アイデアを出し合っていくためには、高度成長期に作られたどこも同じような使い捨ての住居ではなく、もっともっとストーリーがあって人間臭く、普遍的な住居でなくてはなりません。
↑住居はストーリーがあって人間臭く、普遍的なものに
21世紀は国や企業が世の中を動かしていた時代から、個人が中心になる世の中にシフトすることが予想されます。そういった意味で、住居も国や企業が主導で作っていた時代から、個人が理想の住居を求めて、自分たちで設計していく時代に移りつつあるのではないでしょうか。
一人一人の行動は、それほど大きな影響力を持たないかもしれませんが、それがコミュニティとなり、小さな街として周りに広がっていくことで、もしかすると停滞しつつある世の中に、大きな変化を起こせるのかもしれません。
- 【参考書籍】
- 1.リチャード・フロリダ「新 クリエイティブ資本論—才能が経済と都市の主役となる」(ダイヤモンド社、2014年) P1-2
- 2. 川瀬太志、柿内和徳「資産価値の高い家づくり22の知識」(幻冬舎、2012年) P13
- 3.嶋田洋平「ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり」(日経BP社、2015年) Kindle P412
- 4.ティム・ブラウン「デザイン思考が世界を変える」(早川書房、2014年) P21
- 5.嶋田洋平「ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり」Kindle P461
- 6.茂木 健一郎、NHKプロフェッショナル制作班「プロフェッショナル 仕事の流儀 中村好文 建築家 心地よい家はこうして生まれる」(NHK出版、2006年) Kindle P293
- 7.嶋田洋平「ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり」(日経BP社、2015年) Kindle P467
- 8.リチャード・フロリダ「新 クリエイティブ資本論—才能が経済と都市の主役となる」(ダイヤモンド社、2014年) Kindle P91
- 9.佐宗 邦威「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」(クロスメディア・パブリッシング、2015年) Kindle P190
- 10.GAUDi ガウディが知りたい!(エクスナレッジ、2004年)
- 11.下重 暁子「持たない暮らし」(KADOKAWA/中経出版、2014年) P123-124