影から生まれる本当の心地よさ「現代人が失ってしまった、何もないはずのところにあるもの。」

[記事更新日]2017/05/14

世界中の至る所で崇拝の対象となっている光を象徴する神々は、エジプト神話に登場する太陽神ラーや、ヨーロッパに語り継がれるケルト神話の光の神ルーなど、暗闇の中に潜む危険を恐れた人類の生物的な本能が、世界中の至る所で光を象徴する神々を生み出しました。

ヨーロッパの住宅に多く見られるシャンデリアなどの、部屋の隅々まで照らすことのできるタイプの照明器具は同じように、暗闇の恐怖に打ち勝とうとした人類の進化の証であるとも考えられます。

一方日本では、和紙を抜け出てくる柔らかな明かりが黒色の川面を揺ら揺らと漂う幻想的な光景の中、ご先祖様や死者の魂を弔う「灯籠流し」で見られるように、日本人は暗闇を恐れつつも、その中に美を求める傾向が強いらしく、部屋の中に隅々まで照らし出せるような光度の高い照明は置かず、行灯(あんどん)や提灯(ちょうちん)のように光源を和紙で包み隠すことで暗闇を残し、部屋に陰影が描き出すものを楽しんできたのです。(1)

提灯

↑暗闇を漂う提灯は川底を照らし出さないから美しい

日光との付き合い方を見ても地域の違いは大きく、レンガや石造りの西洋の住宅では、高いところに設けられた狭い窓があるだけで部屋全体に光が行き渡らないため、西洋人は明暗差の大きい住まいに身を置いてきたといいます。(2)

対照的に、ジメジメした夏を過ごしやすくするために木製で間戸を広く取った様式の日本の伝統的な住宅は、外からの光をふんだんに取り入れる上に、ひさしや縁側、あるいは障子を通して入ってくることで光が拡散するため、日本人は室内の明暗差が少ない光環境に長いこと慣れ親しんできました。

それぞれの民族が創り出す光は、その民族が長い歴史の中で慣れ親しんできた光環境と大きく関係し、明かりや暗がりに対する価値観の違いにつながっていると考えられているのですが、明と暗の差がくっきりとしている光環境に慣れている西洋人は、暗闇を取り払い、部屋全体を均一に明るくすることに違和感を感じなかったのでしょう。

反対に、全体的にぼやけた光環境が一般的だった日本人にとって、暗闇をすべて明るく照らしてしまうことは、本来ならば生まれていたであろう緩やかな光の変化を無くしてしまい、物の見え方や部屋の雰囲気が変わってしまうため避けたのだと考えられます。

日本家屋

↑開放的な造りで、自然の光を取り込む伝統的な日本家屋

大阪万博や愛・地球博、姫路城のライティングを手がけた石井幹子氏は、2000年に紫綬褒章を受賞し、和の明かりの素晴らしさを国内外に広める伝道師として知られているものの、実はフィンランドやドイツなどの照明先進国と呼ばれる西洋諸国でキャリアをスタートしており、戦後の慌ただしく貧しかった時代に幼年期を過ごしたためか日本にはあまり興味が湧かなかった、と自伝的著書「新・陰翳礼讃」の中で告白しました。(3)

そんな彼女に和の明かりの素晴らしさを改めて気づかせたのは、外国から日本を訪れた友人たちだったといい、特に長年にわたる親交がある著名なフランス人工業デザイナーのルイ・ルポア氏が鎌倉の伝統的な日本家屋で初めて目覚めた朝に次のように語ったことが印象的だったといいます。

「なんて美しい光なんだ。柔らかな素晴らしい光に包まれていたんだよ。こんな朝の目覚めは、初めてだ。」

障子越しに入ってくる朝の光によって床から鴨居(かもい)まで垂直面が一様に柔らかく明るくなる中で目覚めた体験を、身振り手振りで話して聞かせたルポア氏の興奮した様子が、石井氏に日本の明かり文化の素晴らしさを再認識させ、世界に向けてこの特異な文化を広げていかねばと決心させました。

富士山

↑日本の夜明けは柔らかな光とともにやってくる

現代の日本、特に東京や大阪などの大都市では、ネオンや蛍光灯をふんだんに使った強い光が充満していて、光の関係性が一辺倒になっており、このまま全国で更なる都市化が進むと、多様な陰影をもつ和の灯り文化が消滅してしまうのではないかと危惧しているのは、表参道ヒルズや六本木のイルミネーションを手掛け、「光の魔術師」と呼ばれているライティングデザイナーの内原智史氏です。(4)

強い光を絶ち、なにもかもがあからさまには見えない空間では、文字や形状など様々な情報が感知されづらくなる反面、わからない部分を補おうするために人が想像する領域が増えます。

そういった環境では、「普段よりちょっと他人のことを思いやれるようになれる気がする」と、内原氏は日本古来より親しまれている陰影を作り出すほのかな明かりが、人同士の結びつきが薄れてしまった現代の日本社会に思いやりの文化を蘇らせるのではないかと和の灯りの可能性を語りました。(5)

確かに日本の伝統的な茶室は、土を塗っただけの壁や塗装しない素のままの柱などで粗末ともいえる部屋となっていますが、自然光の柔らかな光が作る陰影の濃淡によって人の脳内で美しい部屋の表情が描き出されるように数多くの工夫が施されており、すべてを明るく照らし出す現代の照明は、日本の侘び寂びの美意識に反しているといえるでしょう。

民俗学者である小松和彦氏によると、それは都市の発達で生まれた24時間営業で強い光を放ち続けるコンビニや街灯による深い夜の消滅と、技術発展に伴い何ごとも科学的かつ合理的であることが好ましいと考える人が増えていることが原因なのだそうです。(6)

隅々まで常に明るく保つ強い光が消し去るのは妖怪だけではないようで、「細雪」などで有名な明治を生きた大文豪、谷崎潤一郎は、美は物体にあるのではなく、物質と物質の作り出す明暗、陰影のあやにあると主張し、全てを照らし出してしまうような強い光は暗闇とともにそこにあったはずの美しさをも消し去ってしまうと述べました。(7)

トンネル

↑科学の枠でしか物事を考えなくなったら、科学の枠を超えた存在は忘れ去られてしまう

物体そのものだけではなく、物体に当たる光の強弱や角度、さらにはそばにある物体同士の位置関係によって生まれる影の濃淡は、美の一部であり、また、光が及ばない四隅の暗がりを見つめた際に覚える、闇に対する怖れと敬いの気持ちや、時の流れを忘れてしまうような感覚など、影に対して私たちが想像し、感じるものも美の源となります。

舞妓さんのお歯黒は白昼の下で見ると少し気味が悪いと個人的には思ってしまうのですが、ひとたび暗がりの中、揺れる明かりに合わせて踊りながら微笑むと、闇に紛れた黒い口元が白粉の白さをより一層引き立てて、この世のものとは思えない美しい白さを創り出すといい、そういった陰影の中で垣間見える美こそが日本独特な美意識なのです。

男性が裸体の女性よりも服の切れ目からちらっと見える白い肌に魅力を感じてしまうように、想像力というものは、見えないから掻き立てられるものであり、全てを明るく照らし出す現代の強い光は、美しさをかき消してしまうものなのかもしれません。

明かり

↑四方の暗がりが照らされた物体の美しさを際立てる

科学により多くのことが解明されてきて、妖怪の存在が信じられなくなってきている現代においても、若い女性や子供たちは現代の都市空間の中に「トイレの花子さん」や都市伝説として語られた「ひきこさん」といった妖怪を生み出し続けているといいますし、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者水木しげるは、「妖怪の棲みにくい国は、われわれ人間にとっても住みにくい。つまらない常識に左右される、つまらない社会です」と述べていました。(8)

人間を豊かにしてきた近代の科学文明・合理主義の社会で、多くの人が息苦しさを覚え、将来に漠然とした不安を抱いていることを考えると、妖怪や昔ながらの言い伝え等、「原始的」とか「迷信」といったレッテルを貼り、排除してきたものの中にこそ人間の精神にとって大切なものが含まれていると言えるのかもしれないと、妖怪のキャラクターに夢中になる子供達や都市伝説を噂し合う若い女性達を見て小松氏は次のように語りました。

「画一化してしまった物質文明の中で、妖怪の名を借りて想像力を膨らませている彼女らの生活はとても人間的に思えてならない。」

人間

↑闇や怖れの中に科学を超越した存在を想像してしまう所に人間らしさを感じる

21世紀は光の世紀だと言われ、クリスマスに光るイルミネーションやライトアップされた古城など、人々の感動を誘う光の使い方が増えてきましたが、まだまだ病院にいるような気分になってしまう隅々まで明るいデザイナーズマンションであったり、レーザー光がケバケバしいアミューズメントパークに出くわすことも多々あります。

そんな強い光に溢れる現代、オフィスや病院等のライティングを変えることは個人の努力ではなかなか難しいですが、家の蛍光灯を和紙でできたカバーで覆ってみたり、街を歩く時に柔らかな灯りに出逢ったらふと足を止め、その灯りが創り出す光の濃淡を気に掛けるなど、生活に和の灯りを少しでも取り入れることは、日常を思いやり溢れる人間らしいものへと変え、日本人が遥か昔より育んできた「陰影の中に潜む美」を感じる美意識をあなたの中に蘇らせるでしょう。

  1. 参考資料
  2. (1)谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」 (中公文庫, 1975年) p.31-56
  3. (2)竹内義雄 「ライティングデザイン」 (産調出版,1999年) p.114
  4. (3)石井幹子 「新・陰翳礼讃」 (祥伝社, 2008年) p.20-25
  5. (4)茂木健一郎&NHKプロフェッショナル制作班 「内原智史。光よ、深きものを照らせ」 (NHK出版, 2006年) Kindle 202-221
  6. (5)茂木健一郎&NHKプロフェッショナル制作班 「内原智史。光よ、深きものを照らせ」 (NHK出版, 2006年) Kindle 202-221
  7. (6)小松和彦 「妖怪学新考」 (洋泉社, 2007年)
  8. (7)谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」 (中公文庫, 1975年) p.31-56
  9. (8)小松和彦 「妖怪学新考」 (洋泉社, 2007年)

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