グーグルはリンクの色を変えただけで200億円の売上を増やし、東大が行ったリサーチでは電灯を駅に設置しただけで、自殺者を84%も減らすことができた。
都会は、灰色だ
あなたの好きな色は何色ですか?身の回りの「色」を少し意識するだけで、日々のくらしの質が上がると言われています。身につけるもの・身の回りのものの色が、私たちにどんな影響を与えるのでしょうか。
赤い服を着た女性のヒッチハイカーには2倍の車が止まってくれ、赤い服のウェイトレスには多額のチップが支払われ、そして、中国政府の高官の8人のうち7人が赤ネクタイであるように、赤色が日常生活に少し顔を出すだけで人はどこか目を惹かれ、カリスマや魅力を感じるようです。
このように色は人間にさまざまな影響をもたらしますが、芸術家の岡本太郎はパリで絵を学び、単にキレイな絵を描くのではなく「なんだこれは!」と興味を惹かせるような色彩豊かな絵を描こうとした際、ワビ・サビ・シブミなどの地味な色を使うのが「通説」であった日本で、岡本はただの色オンチだと散々叩かれたことからも、日本社会には白や黒、茶などの地味な色ばかりがいまだに氾濫していることが分かります。
↑色は人間社会に様々な影響を及ぼす
学校の教室、オフィス、そしてビルなど日本の都会は無機質な光景ばかりが広がっています。シンガーソングライターで演出家の美輪明宏さんは機能性だけをひたすら追求し、デザインをまったく考慮しない日本のビル群を、まるで墓石が並んでいるようだといい、精神的に良くないとも指摘しましたが、実際に「都会」のイメージカラーである灰色は人間に寂しさや不安、無気力さを与えるということは何となく想像することができるでしょう。
街の色が人々の心に与える影響はとても大きいことは、様々な街の事例から明らかになってきており、例えば、ギャングの犯罪がはびこるメキシコのLas Palmitasという街の白い街並みをキャンパスに見立てて芸術家がカラフルに塗ったところ、ギャングは住みにくくなって退散し、このプロジェクトの責任者が「正直、一番驚いたことは人々が本当に変わったことなんだ」と言うほど、色が街の外装を変えただけではなく、人々の心まで変えてしまいました。
↑街をカラフルに塗ったらギャングがいなくなった
また、日本だけではなく世界的にも無機質な色ばかりが用いられ、色の存在感が失われている現状を嘆いて、フランスの広告大賞を9度も受賞し、2003年には最優秀広告アートディレクターに選ばれたジャン・ガブリエルコースは「色のもつ力を知ることで、生活をよりよく変えることができる」と断言しています。
ひと-いろの大事な関係
目の見えない社会福祉活動家ヘレン・ケラーはかなり微細な色の変化を識別できたといいますが、そもそも人間の皮膚と網膜はとても似ている光の感覚をもっているため、皮膚で色を「感じる」ことができるそうですし、東大の研究グループが青色の電灯を駅のホームに設置しただけで、自殺者を84%も減らすことに成功しているのも、人間が意識的に見ていなくても全身であらゆる色の影響を受けているからなのかもしれません。
↑電灯を設置しただけで、自殺者が84%も減った
例えば、アメリカの名門ロチェスター大学で、人間の動機や幸福について研究している心理学者のアンドリュー・エリオットらが、赤色と青色に分けたコンピュータの画面に「レゴブロックでおもちゃをデザインしなさい」という指示を映し、被験者に取り組ませてみたところ、赤色の画面から指示を出した場合には、被験者のデザインしたおもちゃはより実用的でしたが、青色の画面から指示を出した場合には、おもちゃは実用的ではなく、より独創的なものとなったといいます。
色がこれほど人間に影響を与えると知って、グーグルの情報科学の天才たちはリンクテキストの色を変えるだけで、グーグルの売り上げを伸ばすことができないだろうかと考え、世界中のインターネットの検索エンジンに50種類以上の青を使ってみたところ、世界中でもっともクリック率の高い青色を特定し、単に色を変えるだけで検索エンジンによる利益を2億ドル増やしました。
↑グーグルは色に目をつけることで、200億円以上の利益を生み出す
それに加えて、赤と青の2色を用いて認知能力の差を調べたブリティッシュ・コロンビア大学のジュー准教授は、スペルチェックなどの注意力が必要な作業では、青よりも赤の方が能力を発揮させやすい一方で、モノの斬新な使い方をなるべく多く列挙するといった創造力を要求する作業の場合には、青が赤よりも優れていると報告しています。
これを受けて科学ニュースの特派員であるグレッグ・ミラーは、税理士を雇う際には、目的に合わせてそのオフィスの色を調べるべきだとして、次のように述べます。
「もし、正確な成果を求めるなら、細かい作業に向く赤のオフィスの税理士を選んだ方が良いが、どんなに強引と思われようとも、何かしらの控除を引き出して税金を払わないで済まそうとするのならば、創造性を増幅すると考えられる青いオフィスの税理士を探すべきだ。」
グレッグの例は冗談めいていますが、青がリラックス効果や創造性を高めてくれるということから、一流の人ほど青いペンを用いて仕事をしているといいますので、色の力は侮れず、積極的に仕事に活かす価値はあるのでしょう。
↑払う税金を少なくする方法は、青いペンを使う税理士に聞け[/caption]豊かな色は仕事に効果的であるにもかかわらず、大抵の建築士は知的労働者(ホワイトカラー)のオフィスを白にしておけば間違いないと単純に考えて設計していることが多く、仕事の場においても色の効果はまったく重要視されていません。
「色のない色」と呼ばれてしまうほど、「リラックス効果」も「活動的にさせる効果」もない白の中で働くと、逆に生産力が著しく低下してサボる人が増加するといいますから、オフィスの配色が社運をも左右することはありうる話です。
オフィスの色を全体的に変えることは難しいため、英エクセター大学の研究グループの、観葉植物を仕事場に置くだけで創造性は45%、幸福度が47%、そして生産性は38%高まるという報告を参考にし、まずは手軽に観葉植物を置いてみて、身近な「色のない色」を塗り潰してみるのも良いでしょう。
↑白は人間を退屈にさせ、生産性を下げる
さらに、病院は清潔感のある白を基調にし、無機質なデザインであれという常識を「色」で破ったのが、東京江戸川区にある江戸川病院で、最新の医療機器を導入しつつも、真っ赤な病室や黒い受付など、極彩色豊かな「前衛芸術」も取り入れており、院内はまるで現代アート美術館のようになっています。
院内には、ポップアートの旗手と呼ばれるアンディ・ウォーホールの黄色いマリリン・モンローの絵が一面にプリントされている部屋、更衣室に向かう通路は青いライトが照らすSFの世界、まるで洞窟のようにゴツゴツしたダンジョン風のがんセンター、そして巨大なゾウの顔がついたMRI装置などがあり、アニマルセラピーを行うために本物のフラミンゴやカメなどもいるなど、色とりどりの病院内は人を飽きさせることがありません。
加藤隆弘院長は「職員が楽しく働ければ、必然的に患者へのサービスが向上する」という考えのもと、このように遊び心溢れるデザインを導入したといいますが、アートがあって働く場所が明るくなると「院内を散歩しているだけで、気晴らしになる」と患者の反応も良好ですし、ここで働きたいという看護師も増えて、相乗効果的に雰囲気が良くなったといいます。
↑病院の中に色が増えると病気の回復も早くなる
天才画家たちは色が与える影響に敏感に反応しており、アルコール中毒で精神病院に入り、生涯孤独で人間嫌いであったモーリス・ユトリロは、人間をまったく描かずにただ白い建物だけを描いた
「白の時代」と呼ばれる一連の絵画を残しました。
それとは対照的に絵画を異常なほど愛し、鮮烈な色彩で自らの燃え上がるような感情で絵を描いたため「炎の画家」とも呼ばれるフィンセント・ファン・ゴッホは、躍動する生命感をかなり濃い色で鮮やかに
表しています。
↑色彩にはその人の感情が面白いほど正直に現れる
ユトリロは無機質な白で自らの孤独を表現し、ゴッホは鮮やかではっきりした色遣いで生命感を表現しましたが、ゴッホが「色彩は、それ自体が、何かを表現している」と述べたように、自分の生活がどこかさびしく、思い起こすシーンがまるで白黒アニメのようならば、アーティストのように自分で自分の人生を豊かに着色していくことが大切です。
ある実験で、アルツハイマー病の患者が過ごしている室内をさまざまな色で照らしてみたところ、ピンク色で照らしてときには44%の人が「元気が出る」、32%の人が「嬉しくなる」、56%の人が「ホッとする」と述べ、QOLの向上につながっていくことが明らかにされたことからも、日常を彩ることで「生活の質」がどんどん上がっていくことはほぼ間違いないようです。
↑色彩自体が生活の質を上げていく
色彩のプロフェッショナルのために「カラリスト」という資格もあるほど、色が心理に与える影響は多種多様で奥が深く、とっつきにくい印象があるかもしれません。
しかし、広告アート・ディレクターのジャン=ガブリエル・コースが、「自分にとって最高のカラリストは、自分自身の直感であり、好きな色こそが自分に最も効果がある色だ」と激励しているように、あまりこだわらず好きな色を遠慮なく使って、まずは身の回りを彩ってみてはどうでしょうか。
- 【参考書籍】
- ジャン=ガブリエル・コース 色の力 消費行動から性的欲求まで、人を動かす色の使い方 (CCCメディアハウス、2016年)Kindle
- 岡本太郎「自分の中に毒を持て-あなたは”常識人間”を捨てられるか」(青春文庫、1993年)Kindle