周りの標準が自分にとって無意味になった時に「ゆとり」は生まれる。「少なすぎず、多すぎず、程よくちょうどいい生活、スウェーデン人のラゴムという生き方。」
英科学誌サイエンティフィック・リポーツにて北海道大学動物生態研究室、長谷川英祐准教授のチームは先日、働き蟻の集団に必ず2-3匹いる怠け者の蟻が実は集団の長期存続に不可欠だと発表しました。
彼らの研究によると、仕事が現れるとよく働く蟻がまず働き始め、その蟻が休むなどをすると次は怠け者の蟻が働き出すという具合に自然と集団のバランスを取っているといい、また、面白いことに、研究チームはよく働く蟻だけを集めた場合でも怠ける蟻が出てくることも立証したのです。
これは、集団内での自然なバランスの存在を明確にし、一般経済において全体の数値の大部分は全体を構成する部分の一部が生み出しているという、イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレート氏の有名な理論である80/20の法則を「バランスを保つ」という視点からサポートする結果になったといいます。
↑一見ダメに見えるようでも、実はバランスを保つためには必要不可欠な怠け者のアリ
最近ではインスタグラムで「#80/20rule」とハッシュタグされたジャンクフードを頬張るトップモデル、ミランダ・カー氏の姿をみて、80%はヘルシーな食事を心がけ、残りの20%は自由に好きな物を食べるバランスのとれた食生活をとることで美を保つというこのルールが注目されましたが、このルールには無理なくバランスを保つというだけでなく、頑張りすぎず少しでも心にゆとりをもって「20パーセント程あまらせる」ぐらいが丁度いいというメッセージが込められているのです。
例えば「時間短縮」することでよりスムーズな作業効果を期待し予定を削りスケジュール調整をしますが、いざポッカリと空いてしまった慣れない「余り」の部分に多くの人は不安を感じてしまう為、また新たな予定などを詰め込んでは削って、詰め込むという多くの時間を無駄に使っています。
残念ながら私たち日本人の多くには「余らせて余裕をもつ」という観念に疎く、常にぎゅうぎゅうに詰め込まれた状態に慣れて麻痺してしまっているので、蟻の集団のように自然とバランスがとれる様になるためには、まず常にフルの状態が標準化してしまっている私たちの心が「あまらせる事」や「ゆとりを持つ事」に対する抵抗をなくす必要があるようです。
↑現代人は忙しさが蔓延し、ゆとりや余裕を持つことに抵抗を持っている
韓国李王朝の王族の中で、王家の風水を継ぐ家元に生まれ3歳の頃から修行を積み、風水師として日本の各メディアで活躍する李家幽竹氏は、「あまらせる」ことが人生をスムーズに運んでいくコツだと貯金を例にとり、「例えばお金を貯めようとしたとき、人はどうしても一生懸命になり頑張りすぎます。しかし逆にお金を余らせようや、余るといいなという意識を持つ事で心のゆとりが生まれ、そのゆとりがお金を増やす事に繋がるのです」と述べています。
李家氏によると、「余るといいな」という程度の気持ちを常に持つ事で、臨時収入やお金が実際に余ると「幸せな事」と素直に受け止めることができ、自分の感情を敏感に察する事へとつながり、100パーセントストイックな貯金を目指さなくても、自分の中で丁度いいバランスを見つける事ができて、結果お金は生まれて増えていくそうです。
↑心がリラックスした状態の時にゆとりが生まれる
実際のところ私たちはつい「壊れたら」や「足りなかったら」という未来への不安で、お金やモノを多く持ってしまいがちであり、これは「予定が埋まっていなかったら不安になる」のと同様ですが、本当は自分の管理能力を超える道具や予定を持つと、頭の中が混乱し効率が下がってしまいマイナスにつながるのです。(1)
実際、成人被験者のマルチタスク時のIQレベルを調べるある研究では、マルチタスクなど自身の管理の力を超えた大容量の情報を一度に扱う時、IQレベルが15ポイントも下がり8歳児の平均まで落ちるという恐ろしい結果をみると、余裕をもてる暇もなく、限界まで頑張ることが美徳化され、短時間で大量の仕事を片付けることが当たり前となった現代社会での代償は、私たちが思っているよりも大きいのかもしれません。
↑無理をして本当に質の高い結果出すことができるのだろうか
一方で、あるイギリスのニュースによると、今年はスカンジナビアのバランスの取れた程よいライフスタイルが注目されると予想されており、その中でも「少なすぎず、多すぎず、程よくちょうどいい」という意味を持つスウェーデン語の「ラゴム (lagom)」は英語や日本語にはないスウェーデン独特なコンセプトを表す言葉で、私たちの生活の質を上げてくれる2017年に欠かせないキーワードになると言われています。
ちょうどいい量、ちょうどいい濃さのコーヒー、ちょうどいい家の空間であったりと、スウェーデン人は全てをラゴム目安に測るといい、国民的哲学として浸透しているこの言葉はこの過去3ヶ月間の間に13500回も世界中でツイートされ、多すぎず、少なすぎないバランスのとれたライフスタイルは日々頑張りすぎるが為に「丁度良い」に鈍感になってしまってる私たちの多くに広く呼びかけられているそうです。
↑スウェーデン人は小さい時から丁度いい(ラゴム)感覚を見つける
スウェーデンと言えば北欧の中でも率先して各企業が8時間労働から6時間労働制を試行導入したニュースが記憶に新しく、朝9時半に出勤した従業員は45分間仕事に集中して5分の休憩取るというリズムを繰り返し、15時半に退社するまでの6時間、勤務するといい、短時間労働によって仕事の効率は今まで以上に上がり、また離職率は下がったというポジティブな結果がでています。
ウェブマーケティングやデザインを手がける会社センシ(Senshi)の代表取締役であるクリス・トレス氏は、「6時間労働制が導入されるまで出勤前に子供を学校へ連れて行ったことなんてなかった。今は仕事が終わって、子供の宿題を手伝ってご飯も食べさせてあげても、まだ午後5時過ぎで…」と語り、私生活の質も高くなったと実感しているそうです。
現に企業側は6時間、8時間どちらの働き方も提示しており従業員が自身の“ラゴム”に合わせて自由に勤務時間を選ぶことができるのですが、この点からみてもサービス残業が当たり前になっている日本社会での導入や、スウェーデンのような公私両方においての質の高い生活を求める前に、私たちの多くはまず自分の“ラゴム”を探求することから始めなければならないのかもしれません。
↑無理のないラゴムな勤務時間は創造力を生む
また、家は全てのベースであると考えるスウェーデン人にとって、収納術こそ彼らのラゴム精神が最も強く現れる場面と言っても過言ではなく、例えば、スウェーデンでは家具や雑貨は世代を超えて譲りつがれ長い間使うことが多く、また、溢れかえる量のモノを「隠す為の収納」ではなく、お気に入りのモノを「見せる収納」が主流のようです。
「まだ入る」などと「とりあえず」の買い物が減って人々にはモノを吟味する傾向がみられ、良いモノを少なくもつことがより質の高い生活へと繋がっていると住空間コンサルタント兼空間収納デザイナーの香取美智子氏は分析しています。
スウェーデン発祥の家具量販店イケアグループが日本で展開するようになってからというもの、店頭でディスプレイされている北欧のスタイリッシュな家具の収納方法に多くの日本人が魅了され、また、手放すことによって気の循環を促す断捨離が広く実践されるようになりました。
けれど、実際のところその言葉だけが一人歩きをし、せっかく物を手放して出来た余裕に私たちは居心地悪く感じ、その不安をかき消し詰め込むようにしてまた新しいものを購入してしまう人が増えているのも今の日本の現状です。
↑本当に良いと思うモノを、スマートに見せて収納するのがスウェーデン流
広い自然があり一軒家で大きな家具を空間いっぱいに使ってデザインできるようなイメージがある北欧の家ですが、実際に新設住宅のサイズを比べてみると120平米の日本に対してスウェーデンは72平米と約60パーセントも小さいことに驚かされます。
しかし、自分だけの丁度いいラインをしっかりと見据えている彼らにとって、住居の大きさなど意味を持たないただの数字であり、きっと空間の大小にとらわれず、どう心地よさを自分色で表現するかの方が重要視されるべきポイントなのでしょう。
香取氏によると、スウェーデン人は「お気に入りのスウェーデン製の手作りマグカップはこの世に一つだけのデザインで…」や「椅子は祖母のお気に入りを譲ってもらった」だとか、一つ一つに存在するお気に入りのストーリーを話すのが好きだと言い、モノに宿しているとっておきのストーリーを聞いていると「ああ、この方はそういう感性や時間を大切にしている人なんだな」と価値観や個性が見られて面白いそうです。
↑モノがいっぱいあるわけではないけど、どこが心地がいい北欧の家
そんなスウェーデンでは、ラッシュアワー時のストックホルム市内の運転には約500円ほどの渋滞税が課せられ、交通量をちょうどよい量にコントロールして大気汚染を軽減し、また、飲み残されたワインなどからはバイオエタノールガスが作られており、現在ではガソリンや軽油で走るバスは一台もなく、2040年までに化石燃料ゼロという目標が現実味を帯びてきています。
渋滞税などの取り組みが試行されてみるとすぐに市内の空気が10パーセントほどきれいになり、市民からは「前の状態には戻りたくない。なんでもっと早くこうしなかったんだろう」という感想が寄せられたそうで、丁度いい“ラゴム”を大事にしているからこそ、みんなが取り掛かりやすく継続していける環境作りとなっているのかもしれません。
↑ひとりひとりが心に余裕を持つことで生まれる新しい環境問題へのアプローチ
「十分だけど、多すぎず」という価値観で、100パーセントでなくても心が心地よさを感じることを小さい頃から学んでいくスウェーデン人には、もっとよくなる部分や足りない部分を工夫して丁度いいを手に入れる心の余裕があり、彼らの精神から私たち日本人が学ぶべき点は多くあるようです。
日本では一般的にモノの多さや少なさ、生活の質などは周りとの比較差によって測られ、多くの人が「自分にとってちょうどいい具合」をわかっていない状態ですが、スウェーデン人のように多すぎないラインを個人の心地よい基準にする為には、まずは周りの「標準」=自分の標準という錯覚から抜け出す事が本当の意味での「ゆとり」を手に入れることへの第一歩なのでしょう。
↑本当の意味で質の高い生活を可能にしてくれるラゴムという生き方
自分のラゴムによって周りの人のラゴムを壊してはいけないという暗黙のルールがある中で、誰一人無理をすることなくそれぞれ違ったラゴムが存在し、自然とバランスのとれた国全体の大きなラゴムを形成しているスウェーデン人の生き方をみると、世界幸福度ランキングのトップ10内に常に位置付いている説明がつくように思えます。
スウェーデン人の様に、ひとりひとりが自身にとって丁度いいラインを理解することは、言葉を変えれば心にゆとりを作る事であり、その余ったスペースから人々は本当の意味での質の高い生活を求め、今までなかったアイデアが生まれて新たな可能性を生み出すことへと繋がってくのです。
心に余裕のない毎日から一歩抜け出すためにも、まずは自分の管理能力ギリギリの値でライン引きするのではなく、自分にとって丁度いいラインをみつけて慣れていくと良いのではないでしょうか。
- 参考資料
- 本間朝子「家事の手間を9割減らせる部屋作り」(青春新書プレイブックス)p.38