音楽好きならマイ電柱をたて、本好きなら部屋を本棚の迷路にすればいい。サザエさんのような家にまだ住みたいの?
あなたの暮らしの「へそ」はなんですか?
最近の暮らしの中で、他人と比較したり、画一的なもので妥協したり、何かと窮屈な気がしています。そうではなくて、自分だけのこだわりのポイントである「へそ」を意識して日々生活すれば、もっと日々の暮らしが有意義になるかもしれません。
「遊びの天才」と呼ばれるほど多趣味で有名なタレントの所ジョージは、仕事場兼遊び場として、車、バイク、フィギュア、そして雑貨などのこだわりをもつ趣味が詰まった世田谷ベースという家を所有していて、観葉植物をひたすら置いておくスペースや、日ごとの気分でもっていくジッポを並べているコレクションBOXなど、遊びを中心とした家づくりを行ってきました。
東京23区研究所所長の池田利道氏によると、一昔前であればマンガの「サザエさん」宅のように平凡なサラリーマンであっても93坪(307平方メートル)の家を構えることができたということですが、典型的なサラリーマンの年収は下がり続け、家族のかたちもさまざまになった現代では持ち家に対する画一的な理想像は崩壊し始めています。
↑人生の達人は遊びと仕事を別けて考えてたりしない。
グラフィックデザイナーで武蔵野美術大学教授の原研哉は、仕事にもプライベートにも個性を求める人が増え始めている今こそ、自分が最もこだわりをもちたいことを中心とした住まいのかたちを考える機会であると主張しており、著書「日本のデザイン-美意識がつくる未来」の中で次のように述べました。
「不動産会社のチラシによって喚び起こされた欲望ではなく、おお、これぞ我が暮らしと、手応え十分に覚醒できるような家をどうやって探し当てたらいいのだろうか。それはさして難しいことではない。目をつぶって『へそ』を指せばいい。自分にとって一番大事な暮らしのへそを、家の真ん中に据えればいいのだ。」
↑本気で遊べば、それが仕事になっていく。
自分の「へそ」は曲げない
「へそ」を中心に据えている人たちというと、日本ではオタクやマニアを連想させますが、アメリカのオーディオ機器会社ロータスグループのジョー・コーエン社長も「音楽マニアは一度はまったら全てを犠牲にする。」と述べたことがあります。
音楽マニアの中には、高級なオーディオ機器を手に入れるだけでは飽き足らず、通常の電源では隣の家との干渉でノイズが生じてしまうため、自分の音楽のためだけのピュアな電源を求めて「マイ電柱」を庭に建てる人もいるというほどオーディオ中心の住まいを作るケースも出てきており、電柱工事を行っている出水電器というオーディオ電源工事専門会社では、過去10年ほどで全国に約40件のマイ電柱設置工事を担当したそうです。
↑周りになんといわれようと、自分の価値観を徹底的に追求していく。
自分だけの「へそ」は他人に何を言われようと追求していくべきで、キューバを独裁していたバティスタ政権に対してゲリラ戦で挑み、当初は圧倒的に不利であった革命を成功させたチェ・ゲバラは自分の信念を貫いていく生きざまを以下のように述べています。
「もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう「その通りだ」と。」
↑自分の「へそ」だけは他人に譲れない。
「へそ」といった独自の価値観や生きがいをもつよりも、裕福になること、有名になることをそのまま人間の優劣を決めるものさしとして、勝ち組や負け組と分けるような考え方を持ってしまうことによる人生への悪影響は深刻で、近所の人が自分のよりも年収が高いとそれだけで自殺率が50%もあがるという研究結果も報告されています。
地域社会が崩壊し「世間様」はもういないはずであるのに、依然周りの目ばかり気にして恐れるというような、自分で自分を不幸にしてしまいやすい状況が未だにありますが、周りに流されない「へそ」を見つけることは人生の質を上げるのに不可欠であり、自分の「へそ」を中心とした価値観を譲らない所ジョージは以下のように述べました。
「どんなにお金があっても、センスなり、デザイン的なものが頭になかったら、わけのわかんないシャンデリアを1億で買ったりすんじゃない。その人にとっては、1億円で、猫足のイスに座って、『スゴいだろ、オレは』と思ってるわけだけど、他人が見ると、『いらねえよ、そんなの』と思うわけじゃん。だからその人の満足感だから、これがいま流行っているから、と慌てる必要はないと思いますよ。僕はね。」
↑家のコンセプトとして自分の「へそ」は絶対に譲らない。
しかし、自分の人生の「へそ」は多くの人にとって見つかっているようで見つかっていないもので、例えば、わたしたちは日常的に使うコップひとつをとっても、よく知っているはずであるのに、いざコップをデザインしてみろといわれるとスケッチを起こすことさえ難しく、実はコップについて知っているようで知らなかったことが分かります。
同様に、「マッチ箱の創造的な使い方を教えてください。」と言われた場合、わたしたちの脳内には「マッチ箱=マッチを擦って火をつける」という常識が刷り込まれいるために、他の使い方を思いつかなくなってしまうような思考の固さが出来上がってしまっています。
自分なりの「へそ」を見つけるプロセスにおいても、作り上げてしまった自分を疑って、人からなんと言われようが自分は何をすることで満たされるのかを問いかけながら、ライフスタイルそのものをデザインし直してみなければなりません。
↑1つの常識に凝り固まると、本当に大切な自分の「へそ」が見えなくなる。
自分の人生に信念を抱いている人は幼少のころから一貫していると思われがちですが、日本地図を正確に測量してつくりあげた測量家の伊能忠敬は50歳まで家業を立て直すために経営に精を出していて、引退してから初めて天文学を学び、晩年の56歳から17年間をかけて日本地図を作製したといいます。
カンヌ国際映画祭などで受賞している韓国の映画監督のキム・ギドクは20代を軍人として過ごし、30歳になって絵を描くためにフランスに渡ったところで初めて映画を観て感銘し、初めて映画作りを始めていますから、人生の「へそ」を見つけるには早すぎることも遅すぎることもなく、また、意外なタイミングで見つかるかもしれず、常に周囲にアンテナを張り続けることで何か自分の「へそ」となるものを見出すことができるでしょう。
↑深く自分について考え続ければ、アイデアが無意識的に生まれてくる。
現代社会には生きる意味が分からないという悩みが増加しており、この悩みのために引きこもりになったり、自分の将来に熱心に取り組めずうつ状態に近くなる人も大勢いますから、自分の「へそ」を徹底的に追求していくことは重要でしょう。
冒頭に登場したデザイナー原研哉は、たこ焼きのようにして、マンションの部屋の中身をそれぞれの住人の「へそ」中心の住まいにひっくり返してしまえばよいと語りましたが、注文住宅のように外観を変えることができなくても、本が好きならば、本棚を迷宮のように立てて本を中心にした部屋にしてしまえばいいし、料理が好きならばキッチンだけを豪勢にしてしまえばよく、自分だけの「へそ」を育むことができるのです。
- 参考書籍
- 武藤 隆、遠藤 由美、玉瀬 耕治、森 敏昭「心理学」(2004、有斐閣)
- 原 研哉「デザインのデザイン」(2003、岩波書店)
- 原 研哉「日本のデザイン-美意識がつくる未来」(2011、岩波書店)