子供の勉強部屋は必要?「静かで孤独な部屋で無理やり勉強させるほど、人間力や幸福度は落ちていく。」
勉強を習慣にするために、家づくりからできること。
勉強の習慣をつける大変さは、多くのひとが経験しているのではないでしょうか?お子さんがいらっしゃる家庭であれば、なおタイムリーな話題かもしれません。そんな勉強の習慣を身につけるために、家づくりからできることがあるといいます。
東大生を対象にした「子供の頃の勉強場所」に関するアンケート調査の結果、「リビングで勉強していた」という回答がダントツで多く、家族のそばの方が落ち着いて勉強に打ち込める理由を、「息抜きをしたい時には家族との会話でリラックスができるため勉強がはかどる」と説明しています。
子供の学習環境について研究を行っている四十万靖氏は、有名中学に合格した子供の家庭を200軒以上訪問し、家のつくりや家庭環境を見て回ったところ、ほとんどの家庭で子供たちはリビングやダイニングで勉強をしていて、家族同士が活発にコミュニケーションを取っていることを発見し、「頭のよい子が育つ家」とは、子供がひとりぼっちで孤立しない家であり、「家庭での学習環境に子ども部屋など必要ない」と結論付けました。(1)
↑勉強というものは一人で黙々とやるものでは無くなってきた
例えば、取材に訪れたある家は子供部屋がない間取りで、1階にある玄関やリビングの部分と2階にある部屋が吹き抜けでつながっています。
子供が2階にいてもキッチンから話しかければ会話ができるほど、お互いの存在を身近に感じることができ、このような人の気配が身近にあって、コミュニケーションに困らない家のつくりのおかげで、子供に勉強する習慣がついたのだと、母親は次のように述べました。
「ダイニングで宿題をしているので、楽に子どもの様子を見ることができます。(中略)子どもにとっても一人で勉強するのではなく、いつでも親に質問ができる環境は、習慣化しやすい環境なのだと思います。」
↑コミュニケーションが活発な家は、自然と幸福度が高い
家庭の中の自然なコミュニケーションが、学習に効果をもたらす
アメリカで行われた研究によれば、宿題のチェックや学校の様子を聞いたりなど、親が子供の学校生活に深く関わっているほど、子供の学力が高まるという結果が出ていて、親との会話は子供の学習能力に影響を与えることが明確になりましたが、特に、幼い頃から親と頻繁にコミュニケーションをとっていた子供は、そうでない子供と比べ、3歳になった時点の語彙数が3,000万語多いことも分かっており、学力の基礎は家庭でつくられていることが浮き彫りになりました。
また、ワシントン大学の研究によれば、母親からより多くの関心と愛情を受けた子供ほど、記憶力に影響する脳の海馬がより成長することが明らかにされ、スタンフォード大学の調査では、母親の声を聴くと脳内のコミュニケーション能力をつかさどる領域が刺激されることが証明されています。
↑コミュニケーションを介さない勉強ほど無意味なものはない
常に物音がするリビングやダイニングでは気が散ってしまうのではないかと心配する親もいるかもしれませんが、実は適度な雑音がある方が集中力がアップするという研究結果も出ており、イリノイ大学の研究チームは、一般的なコーヒーショップの店内で聴かれる雑音の音量くらいの適度な音がある方が集中力は増し、思考力もアップすることを突き止めました。
その他、共有スペースでは他人から見られていることで、やる気や仕事の質・量、そしてスピードなどのパフォーマンスが変化する現象「観客効果」が起こりやすいため、適度な緊張感と共に、自然とやる気が湧いてくるなど、これは個室にはない共有スペースならではのメリットになり、やはりリビングやダイニングでの学習で子供たちの集中力は増しているようです。
↑適度なザワザワ感がある方が、パフォーマンスは上がる
コミュニケーションの取りやすい空間が子供の学習能力を伸ばしてくれることは、MITのシーモア・パパート教授が提唱した教育の3つの要素「3X」からも説明することが可能で、3Xとは「Explore(探求)」、「Exchange(交流)」、そして「Express(表現)」を意味しており、コミュニケーションを軸にした教育を行うことで子供の探求心を刺激し、勉強に取り組む意欲が最大に高まるため、パパート教授は自主性を促す3Xが効果的だとしています。(3)
かつては、3Rと呼ばれる「Reading(読み)」、「Writing(書き)」、「Arithmetic(計算)」が教育の基本要素になっていましたが、このような決まりきったことだけを叩き込まれる教育では、自由な発想を生み出すことができず、移り変わりの激しい現代社会に対応していく能力を身に付けることができません。
↑「読み・書き・計算」から「探求・交流・表現」
もともと日本の子供部屋はアメリカの子供部屋に対する憧れから広まったと言われていて、アメリカでは幼い子供でも個人として尊重する文化があるものの、寝るとき以外は共有スペースで過ごしており、それは1600年代に宗教的な弾圧を逃れてアメリカにやってきた人々が、新しい土地で多くの不安を抱えながら生き延びるのに、共有スペースでの密なコミュニケーションが欠かせないものであったという歴史があるためです。
個人が自立しながらコミュニケーションを大切にしてきたアメリカでは今、フリーランスとして働く人が労働人口の34%と、3人に1人がフリーランサーであり、同時に一つの広いスペースを仕事場として共有する「コワーキング・スペース」は2005年には一つしかなかったものが2013年には800近くにまで増えています。
日本でも徐々に増加しつつあるフリーランサーは、現時点で労働人口の19%を占めています。さらに、今後フリーランスとして働く人は増えていくかという質問に対して、「増えていく」と考える人は、約70%に上っているように、コワーキング・スペースで働く人が増加していくことが予想される中、リビングやダイニングなどの共有スペースでの学習で集中力を鍛えておくことは、未来のフリーランスが台頭する社会で力を発揮するベースとなるかもしれません。
↑学び方も働き方も時代ともに変わっていく
アメリカの子供部屋文化のうわべだけを取り入れてしまった日本で、親は子供が本当に欲している家族とのコミュニケーションを無視して立派な個室と机を与え、それで学習環境を整えたつもりになって安心していますが、子供たちは与えられた子供部屋では勉強に集中することができず、ただ不安を抱えながら過ごしています。
ハーバード大学が75年間にも渡って幸福に関する研究を続けた結果、幸福の条件はお金や地位などではなく、「幼少期の両親との人間関係」ということが証明され、親が良かれと思って立派な個室を与えていることは、決して子供の幸せに繋がることではなく、むしろ、残念ながら孤独を感じさせてしまう環境は子供を不幸にさせてしまいかねません。
それよりも、親と一緒にリビングで過ごすことや、親の姿が見える場所で勉強することが、本来子供が望んでいる環境、また、子供の将来的な幸福度にも繋がっていくのであり、親は子供たちの気持ちを少し想像してみる必要があるのではないでしょうか。
- 四十万靖、渡邊朗子 「頭のよい子が育つ家」 (2006年、日経BP社) P155
- 矢納啓造 「わが子を天才に育てる家」 (2010年、PHP研究所) P26
- 四十万靖、渡邊朗子 「頭のよい子が育つ家」 (2006年、日経BP社) P127