「言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから」貧者の救済に人生を捧げたマザーテレサも訴えた言葉の影響力
昨年、一昨年に引き続き、第93回目を迎えた今年の箱根駅伝でもトップでゴールにたすきを運んだ青山学院大学は、もともと本戦に出場すらもできない弱小校だったにもかかわらず、元電力会社の営業マンという異色の経歴を持つ原晋監督が打ち出した、「言葉の力」を最大限に生かす指導法で大会3連覇をする超強豪校へと生まれ変わりました。
原監督はチームのモチベーションを高めさせるために、指導の一環として、選手自身に目標の言葉を考えさせるのですが、昨年の完全優勝時にアンカーを務めた選手は、以前に重要な大会でメンバーに選んでもらえなかったことへの「復讐」という言葉を自分の目標として定め、常にその言葉を思い出すことでモチベーションを持続させたと言います。
また、長距離走というキツいイメージから抜け出すために、「ワクワク大作戦」「ハッピー大作戦」そして今年の「サンキュー大作戦」など、他大学とは少し毛色の変わったスローガンを毎年打ち出し、若い選手たちの気分を乗せて、2016年には1区から10区まで一度もトップの座を譲らない完全優勝を39年ぶりに成し遂げました。
↑言葉として宣言することで目標がより明確になる
生後5ヶ月頃には既に、言葉の音のパターンを認識したり、音を発する口の形などを認識する相当な能力が発達していて、生後数ヶ月の赤ちゃんが発する「ダーダー」や「うーうー」などの意味のないように思われる音は、色々な声が出せるように声帯を鍛えているのだそうです。
鹿やシマウマ等、野生の動物たちは捕食者から逃げて生き残るために、すぐに立って走ることができるようになるのと比べると、いかに人間の赤ちゃんにとって言葉を使えるようになることが大切なのかがわかります。
↑考える力、伝える力を人はまず身につける
「言葉」には大きく分けて二つの役割があり、外の世界とコミュニケーションをとるために情報を伝える役割、そしてもう一つは疑問を持ち、考え、納得できる答えを探す、内なる自分と対話をする役割です。脳の専門家である菅原洋一氏によると、言葉は脳内の記憶へのアクセスコードとしての働きを持ち、人間がどのような行動を起こすかは内に向かって発せられる言葉に決められているのだそうで、内なる言葉が脳を作るのだということを強調しています。(2) (3)
例えば、あなたが「できない」と発すれば、その言葉が鍵となり、脳内に存在するできなかった時の記憶を引き出し、脳はそれに準じた行動を起こしてしまうため、普段からネガティブな言葉を多く発する人はネガティブな行動が多く、また、なにかと愚痴ばかりこぼしていると顔の表情筋が衰えて、顔が老けて見えるようになってしまうそうです。
↑ポジティブな発言の多い人は、美しさが内から溢れ出る
ハンマー投げの室伏選手が「ウォー」と叫んだり、卓球の福原愛選手がポイントを決めた後に「サーッ!」と大きな声を出したり、声を出すことが筋肉の収縮を助けたりモチベーションを上げる効果があることは科学的に証明されているのですけれど、福原選手の掛け声にはそれ以上の意味があるように感じます。
ポイントごとの優劣の積み重ねが勝敗を決める卓球では、ベストな状態を常に保つことが重要なのですが、菅原氏によると、作業を終えた時に「〇〇ができた」という風に言語化することが次の作業を前向きに取り組む手助けになるといい、福原選手にとって「サーッ」はポイントを決めたという事実を言語化する一種の手段として役立っているのでしょう。(4)
↑できたことを喜び、言葉にすることは、次の成功につながる
多くのジブリや北野武映画の挿入曲を手がけ世界的な音楽家、久石譲氏は一つのプロジェクトが終盤に差し掛かり、徹夜が続くことも多くなる頃に、スタッフ一人一人の無意識の中にある仕事にかける姿勢の違いが浮き彫りになることを養老孟司氏との対談で語っています。(5)
プロジェクトを終わらせることに焦点が当たってしまっている人は、その終盤の作業で終わりが見えたことで気が緩み風邪を引いてしまったり、居眠りをしてしまったりするそうですが、限られた時間でより良い作品を作ろうと考える人は作品を完成させることがゴールではないので、最後の最後まで推敲を重ねる根気を持っているのです。(6)
例えば、駅伝で長い距離を走り、たすきを次のランナーに渡した途端に力を使いきり倒れ込んでしまう選手と、倒れ込まずに仲間の走って行く先を見つめている選手の違いとも言え、青山学院大学の選手達が他校と比べて倒れこむ選手が少ないのは、たすきを渡すことをゴールとしているのでなく、その先にある、自分が目標とする言葉を決めているからでしょう。
↑頂上のさらにその先を見据える
「生きる」を書いた日本の代表的詩人である谷川俊太郎によると、人はそれぞれ自分自身が体験したことだけでなく文学や映画などを通して、今までの歴史が作り上げてきた言葉の共通の意識を持っていて、無意識のうちにそういった共有されている言葉、表現を選べると、多くの人の心にスッと入っていく詩を書けるといいます。(7)
詩「生きる」の中には、手の描写が二度出てくるのですが、「あなたと手をつなぐこと」という一文からは、あなたとは誰なのか、大切な人なのか、もしくは不特定多数のあなたなのか、はっきりとはしませんが、「手をつなぐ」という表現から伝わってくる、温かく幸せに満ちた感情は万人に共通するでしょう。
多くの人が同じ歌を聴いて涙を流し、同じ本を読んでワクワクするように、私たちは言葉に対する共通の意識を持ってるため、たとえある言葉を発した人に感情が伴っていなかったとしても、その言葉を言った当人とその言葉を聞いた周囲の人は、長年にわたって培われてきたその言葉に付属する意味や感情を無意識のうちに感じ取るのです。
↑「あれ、こんな言葉書いた覚えないや。という言葉ほど人の心に届く」谷川俊太郎
自分が発する言葉をポジティブなものにすることで、ポジティブな行動を増やしていこうという考えを根拠としているのがハワイにある「ホ・オポノポノ」という言い伝えで、「ありがとう」や「愛している」などの言葉を唱えていると、自分の行動がそれに準じたものとなり、そのうちに問題が解決していくといいます。(8)
「ホ・オポノポノ」は言葉を思い浮かべることそのものに意味があるといい、口に出す必要も、ましてや感情を込めて言う必要もなく、ネガティブな感情なまま唱えても個々人の潜在意識に働きかけ、事態を良い方向へと転換させるのだそうです。(9)
当人は感情をこめていなかったとしても、言葉には長い歴史の中で培われてきた文化的な意味があり、特に「ありがとう」や「愛してる」などはポジティブな意味が多く込められているため、それを聞いた人、もしくは言った当人の脳内ではポジティブな関連記憶が手繰り寄せられ、行動もポジティブなものになるのでしょう。
↑神々への感謝を言葉とフラに込める
家族や自然と過ごす時間の長かった一昔前の子供は、学校の友人関係等は様々な要素がある1日のたった一部分でしかありませんでしたが、今では家に帰っても話し相手がいないことが多く、自然の中で遊ぶことも稀になり、学校や仕事場、ネット上といった限られた人間関係が1日に占める比重が大きくなってしまったため、そこで言われたことから受ける影響が大きくなっているそうです。(10)
↑関わる人の少ない現代の若者には、たった一人に言われた言葉でも、全世界に言われているような気持ちになってしまう
周囲の人と本などの活字くらいしか言葉と触れ合うことのなかった昔と比べ、現代では多くのメディアが発達し、街を歩けば広告が目に映り、テレビやパソコンをつければ、ニュースキャスターやコメディアンの発する言葉、そしてSNSに流れてくる不特定多数の人々からの言葉を四六時中浴びるようになりました。
そんな今だからこそ、自分が聞く、読む、そして発する言葉をしっかりと選ぶことが自分だけでなく、周りの人たちにも良い影響を与えられるのではないでしょうか。
- 参考資料
- (1)デイヴィッド・ブルックス 「あなたの人生の科学」 (2015年、ハヤカワ文庫) p110-111
- (2)梅田悟吾 「『言葉にできる』は武器になる。」 (2016年、日本経済新聞出版社) p27-29
- (3)菅原洋平 「ぼんやりが脳を整理する」 (2016年、大和書房) p96
- (4)菅原洋平 「ぼんやりが脳を整理する」 (2016年、大和書房) p91-96
- (5)養老孟司、久石譲 「耳で考える」 (2009年、角川出版) Kindle 1245
- (6)養老孟司、久石譲 「耳で考える」 (2009年、角川出版) Kindle 1257
- (7)谷川俊太郎 「詩を書くということ」 (2014年、株式会社PHP研究所) p48-53
- (8)イハレアカレ・ヒューレン 「豊かに成功する ホ・オポノポノ」 (2009年、ソフトバンク・クリエイティブ株式会社) p13-23
- (9)イハレアカレ・ヒューレン 「豊かに成功する ホ・オポノポノ」 (2009年、ソフトバンク・クリエイティブ株式会社) p81
- (10)養老孟司、久石譲 「耳で考える」 (2009年、角川出版)Kindle 1283-1350