特別企画:リノベ不動産の中の人/コーディネーターOさん②

[記事更新日]2017/05/16

みなさんこんにちは。GW最終日となった今日もまた、「リノベ不動産の中の人」をご紹介していいきます。
前回に引き続き、Oさんです。北海道で生まれ、ヒップホップとともに育った彼が、なぜ今リノベ不動産でコーディネーターをしているのか。インタビューを通して迫ります。

前回は、こちら。「第一話 北海道で音楽に出会う」

あ、横浜いきたいな

キムラ
一旦、音楽から離れたわけですが。
太田さん
音楽で売れて有名になっていくためには、仕事をしている平日にもイベントも入れていかなきゃいけない。常にクラブハウスに顔を出して、人脈をつくるのも大切。服屋さんとかが大事な人脈になったりするんだけど、そのお店で洋服を買って、その代わりに自分たちのCDとかライブのチケットを置いてもらったり。そういう営業活動って、お金がないとなかなか続けられなくて。たいしたお金もないし、一人暮らしだし、と考えた時に、じゃあ就職しようと。そして、アルバイトから正社員雇用に切り替えてもらって。それから2年くらいかな。働いている最中に、「あ、横浜行きたいな」って思って。
キムラ
ん?
太田さん
当時、俺にはOZROSAURUSっていう大好きなラッパーがいて。そのPVに、みなとみらいが映ったんだよね。それで、「なんだこの町めちゃくちゃかっこいい」と思って。それで、行こうかなと。
キムラ
意思決定、素早過ぎますね。
太田さん
当時、『今しかない!』って思ったから、その次の日に会社に行って『いろいろあって、横浜に移住することになったので、やめます』と。そのまま、即日退社。住んでた家を解約して、ものを捨てて。地元の知り合いに電話して余ってる車を一台もらった。ちっちゃいボロボロの軽自動車だったんだけどね。横浜に行くって決めてから、3、4日で、その車に全部物積んで。横浜へ向かった。
キムラ
車で来たわけですね?
太田さん
そうそう。北海道の苫小牧っていうところまで行って、そこからフェリーに。着いたのが、茨城の大洗かな。当時は、カーナビなんて一般的じゃなかったから、コンビニで神奈川県の地図を買って。大洗港って、トラックの運転者が結構いたから、そこの人に、「ここからみなとみらいまで行くにはどうやっていったらいいんですか」って聞いて。そしたら、「高速乗って…」とかって言うんだけど、当時残り財産10万円。その中でどうにかしようって考えてたから、「高速とかは乗りたくないです」って伝えて。それで、下道をずっと走って、東京を越えて神奈川へ。東京には目もくれなかったね。横浜にある、大黒ふ頭とみなとみらい。ただそれだけを目指していた。結局、大黒ふ頭に着いたのが夜中だった。「あー遂に来たな」と。当時は、みなとみらいに壁画があったんだよね。
キムラ
壁画ですか?
太田さん
桜木町の通りの電車の下の、高架下みたいなところの壁が、全部アートだったの。グラフティアートだよね。そういうアートも含めて、ヒップホップって言うんだけど、それを全部歩いて見て回って。「すげえ、PVに映ってたやつだ」って。みなとみらいの観覧車を見た時に、「俺はここまで来たぞ」と思ったのを覚えてる。ただ、横浜に来たはいいものの、まずは、住むところと働くところから探さないといけかった。一週間くらい車中泊しながら、いろいろ探して、知り合いの紹介で内装屋さんに就職しました。その会社が一緒に部屋も借りてくれて。そこで3年くらい働いてたね。

↑横浜・桜木町の高架下にあったグラフィック

キムラ
そのあとは、どんな経緯でリノベ不動産に?
太田さん
勤めていた内装屋さんの仕事が減ってきていた時に、そもそも内装屋さんの仕事をしに横浜まで来たわけじゃないぞ、と思い始めて。そこから、内装屋さんを辞めて、いろいろ職を転々としていた。そんな中で関わった不動産屋で働く人が、ビシッとスーツを決めて、すごくカッコよかったんだよね。そのまま、その人の不動産屋へ転職。
キムラ
時系列で言うと、そこで2年弱働かれてから、リノベ不動産に入社したわけですが、どんな経緯で知ったんですか?
太田さん
以前勤めていた不動産屋で、取引のあった銀行の方に『「中古+リノベ」って知ってる?』って聞かれて。話を聞いてみるとすごく面白そうだった。横浜でそういうことをしてるところはあるのかな、って検索をしていたら、リノベ不動産が出てきた。見つけてすぐに電話をかけてみて。
キムラ
またしても、思い立ったら行動が早いですね。電話して「どういうことされてるんですか?」って聞いたわけですね。
太田さん
そうそう。鎌田社長が対応してくれたんだけど、ものすごい懇切丁寧に説明してくれて。「もはやここは、不動産会社じゃないな」っていうくらい、すごい丁寧だった。直感で、ここで働きたい!って感じたんだよね。ただ、入るための面接を受けるためには、履歴書を送らなきゃいけなくて。これまでの経歴を全部隠さず書いて送ったら、「ぜひ面接にきてください」ってきて、「マジか!やったー!」と思った。まさか自分みたいに、天真爛漫で、やりたいこと後先考えずにやってきた人間が書類を通ると思わなかったから(笑)。

↑幼い頃からずっと、天真爛漫。

キムラ
なるほど(笑)。それで面接に。
太田さん
そう。夜に面接に行ったんだけど、関内のものすごいボロボロのビル(創業時のオフィス)だった。夜だったから廃墟みたいに見えて。「あ、俺来るとこまちがったなー」と思ったよね。怖いなあ、と思いながら、エレベーターでオフィスに向かった。エレベーターで上がったはいいものの、前の予定がずれ込んでいたらしく、30分くらい、部屋の外の暗いエレベーターホールで待たされて。そのあと、オフィスに入れて面接をして。それで、晴れてリノベ不動産の一員になった。いまでもすごい鮮明に覚えてるんだけど、一番最初に俺がオフィス入った時に「外、怖くなかった?」って聞かれて。「だいじょぶです!」とか言ったけど、めちゃめちゃ怖かったよね。(笑)

つづく

憧れのアーティストのPVをきっかけに、北海道から飛び出し横浜へたどり着いたOさん。様々な職を転々としながら、リノベ不動産についにジョインしたところで、今回のインタビューは終わりです。次回は、リノベ不動産にジョインしてから今現在に到るまでの話を聞きました。次回もお楽しみに!


この記事の情報を用いて行う行動に関する判断・決定は、利用者ご自身の責任において行っていただくと共に、必要に応じてご自身で専門家等に相談されることを推奨いたします。弊社は、当記事の情報(個人の感想等を含む)と、この情報を用いて行う利用者の判断について、一切の責任を負うものではございません。

関連記事

BeatHOUSEスタッフ_菅原

リノベ不動産|BeatHOUSEスタッフ

BeatHOUSEスタッフ_木村

BeatHOUSEスタッフ_菅原

BeatHOUSEスタッフ_木村

BeatHOUSEスタッフ_木村

CATEGORY

  • リノベーション事例
  • リノベーションの知識
  • 不動産の知識
  • ライフスタイル
  • インタビュー